名古屋地方裁判所 昭和57年(ワ)2838号 判決 1984年6月29日
原告
中島徳永
右訴訟代理人
郷成文
成瀬欽哉
被告
株式会社多治見カントリークラブ
右代表者
熊崎健作
右訴訟代理人
鶴見恒夫
樋口明
事実《省略》
原告訴訟代理人は、
1 被告は原告に対し、金一一八万〇六〇〇円及びこれに対する昭和五七年五月一二日からその支払の済むまで年六分の割合による金員の支払をせよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因及び抗弁に対する認否として、
1 被告は多治見カントリークラブなるゴルフ場を経営して「ゴルフ場営業」をなしている会社である。
2 原告は瀬戸市でタイヤ販売等数種の会社を経営する事業家であるが、昭和五七年五月一一日「末広会」と称する地元発展会の親睦ゴルフに参加して被告ゴルフ場に入場した。
コンペは五組二〇人で行なわれ、原告は四番目で、午後四時半頃終了した。
3(一) ゴルフ場来場客は、プレー終了後自己のキャディバッグ(内容たる道具一式を含む。以下同じ。)はすべてゴルフ場側に保管を託し、後刻ゴルフ場側から返還を受けて帰宅するものであるところ、被告は当日、原告所有の別紙物件目録記載の道具一式(以下「本件バッグ」という場合にはこれを指す。)を紛失し、約旨に反して返還しなかつた。
(二) ゴルフ場において多種多様な入場者は一般に来場してから退場するまでキャディバッグをゴルフ場側に寄託するのが常であり、特にプレー終了後はキャディに完全に寄託され、客はそのまま入浴・食事等の段階(これら全体がゴルフ場の営業内容である。)に入り、キャディバッグからは全く離れた状況で一時間以上をクラブハウス内で過ごすのである。特にビジターの場合は、自分のクラブがどこに持ち去られ保管されるのかということさえ詳らかではない。来場客のバッグをゴルフ場施設のどこかに持ち去つて保管するのは「場屋の経営者」たる被告であり、現実にキャディが預り、被告設置の保管場所に設置される以上、その紛失に対して被告は商法第五九四条第一項の責任は免れない。
(三) 本件バッグ紛失については、被告はバッグ保管場所に対する監視態勢を有していなかつたから、その過失は明らかであり、不可抗力による免責の余地はない。
4 返還を受け得なかつた原告の諸道具はその大半が買い求めたばかりの高級品であり、特にその一部(ウッド三本)は身体に合せて特注した特別品であつて、その損害額は別紙物件目録記載の通り合計一一八万円を超える。もとよりゴルフ愛好家としての主観的価値は右をはるかに凌ぐ。
5(一) 被告は、善良な管理者としての注意義務を怠つて顧客の道具を紛失し、債務不履行を起こしながら、言を左右にして明確な応答をせず、不誠意極まりない対応に終始して原告の返還要求ないし賠償要求に応じない。
(二) 被告は、「うちは名門ゴルフ場で盗難は起こり得ない。」、「末広会参加者は不良ビジターだつた。」、「本件バッグは原告が持ち帰つたとしか考えられない。」という厚顔無恥の推理をもつて商人としての責任を省みることなく、「客を見れば泥棒と思え。」という論理を貫徹させているのであつて、その傲漫不遜な感覚と商業道徳の低劣さには驚くべきものがある。
6 よつて原告は被告に対し、本件債務不履行に基づく損害賠償金として金一一八万〇六〇〇円及びこれに対する債務不履行の後である昭和五七年五月一二日から支払済みに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
7 被告の過失相殺に関する主張については反論の必要を認めない。被告が紛失した本件バッグ内の諸道具は、安いものではないが極めて高価なものというわけではなく、新素材の登場がクラブを高価にしていることは常識である。
と述べた。
被告訴訟代理人は、
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、請求の原因に対する認否及び抗弁として、
1 請求の原因第1項は認める。
2 同第2項中、原告の職業は不知、その余は原告のゴルフ終了時刻(正しくは午後五時七分)を除いて認める。
3(一) 同第3項中、原告がプレー終了後にそのキャディバッグが紛失した旨ゴルフ場側に申し出たことは認めるが、その余は否認する。
被告ゴルフ場では、特にフロントに保管方の申出があつた場合を除いて、客のためにバッグの単なる置き場所を提供しているにとどまり、来場客からキャディバッグの寄託を受けるものではない。従つてプレー終了後の来場客にそのキャディバッグを返還する義務は存しない。即ちプレーヤーについて回つたキャディがプレー終了後にキャディバッグを受け取つてバッグ置場まで運ぶのはキャディのプレーヤーに対する単なるサービスに過ぎず、ゴルフ場がキャディバッグの寄託を受けたことにはならない。
(二) プレー終了後、キャディは諸道具を点検してプレーヤーに確認させるが、この後は道具類の占有はプレーヤーに戻ると見るべきで、またキャディがバッグをクラブハウス正面出口のバッグ置場に移し終わつた以上、キャディないしゴルフ場のバッグに対する占有支配はここで完全に終了する。
(三) クラブハウス正面出入口のバッグ置場は、ホテルのロビー同様来場客の便宜を図つた場所提供に過ぎないから、ここに置かれた原告の所有物件を被告が保管していることにはならない。このように著しく開放的構造で持主の出し入れ自由な位置関係(来場客がバッグを持ち出すのに被告のチェックは一切行なわれず、また被告もこれを監視する態勢を取つていない。)にある所に携帯品が置かれてもゴルフ場側にはその占有も保管責任もないのである。
4 同第4項中、価額は否認、その余は不知。
5(一) 同第5項、第6項は争う。
被告は、誠実に何度も原告と交渉しようと努力してきたが、その都度原告の脅迫まがいの理不尽な主張が障害となつて話し合いができなかつたものである。
(二) 原告側は本件バッグ「紛失」直後から「出て来なかつたらどうする。」とこれが出て来ないことを前提とした発言を重ね、また紛失したとするクラブの商品番号を書面上詳細に摘記していることからすると、「紛失」とは虚構であつて、原告又は意を通じた者が持ち帰つているものと思われる。
6 仮に被告に損害賠償責任があるとしても、原告にも、その主張の如く高価なクラブ類について、キャディに運ばせる際にその旨を伝えず、またフロントやキャディマスター室への保管を依頼せず、鍵付のロッカーにも収納しなかつた過失があるから、損害額算定に当つて右の過失に基づく相殺をなすべきである。
と述べた。
証拠関係<省略>
理由
一当事者間に争いのない事実に弁論の全趣旨を勘案すれば、以下の事実は明らかである。
1 被告は「多治見カントリークラブ」というゴルフ場を経営してゴルフ場営業をなしている会社である。
2 原告は昭和五七年五月一一日、地元(瀬戸市)の末広会と称する親睦会に参加して被告ゴルフ場に入場し、プレーした。
3 同日夕方、被告ゴルフ場から退場しようとしていた原告から被告に対し、原告のゴルフクラブ等諸道具を収めたキャディバッグが見当らないとの申出があつた。
二1 まず右当日の本件バッグ紛失の有無を確定する必要があるところ、当裁判所は<証拠>によつて、これは当日被告ゴルフ場内で紛失し、原告の手に戻ることはなかつたものと認定する。
2 被告は、右紛失後原告側(原告及びその取引先の従業員で原告のゴルフ仲間でもあり、当日も同行した河上浩之)から「出て来なかつたらどうする。」と原告のバッグが出て来ないことを前提とした発言があつたことを問題にしているが、愛用の道具が被告ゴルフ場内で紛失した場合の所有者の心理として、紛失品がそのまま出て来ない場合に被告としてはどういう責任の取り方をするのかと問うのは当然のことであつて、何かの紛争時にはいつもつきまとう「……だつたらどうする。」という発言があつたといつてその前提状態が確定したものと扱うことが失当であることは明らかである。被告の論法によれば紛失品に関する折衝は不可能となろう。
3 <証拠>によれば、当日(昭和五七年五月一一日)夜、原告は河上を原告方に待機させて被告側(具体的には副支配人兼業務課長の水野敏生)との連絡に当らせたことが認められるが、証人水野敏生の供述にある原告側(河上を含む)の脅迫的言辞云々の部分は採用しない。殊に右当日は、原告側からのキャディバッグ紛失の届けに接した被告の業務課長水野敏生は、バッグがなくなることはなく、他の者が間違えたのだろうから必ず出て来ると請け合つた上、被告ゴルフ場内に残つていた他のバッグと照合した結果、訴外福井某が間違えて持ち帰つたのであろうとか、従来現金の盗難の場合には被告が面倒を見て来たとか言つて原告側を安心させていた(河上証言)のであるから、当日夜になつて右福井某の間違いでないことが判明した以上、原告ないし河上からバッグがこのまま出て来なかつたらどうするのかという対応が出ることは寧ろ当然であつて異とするに足りない。
4 <証拠>によれば、被告は原告に本件バッグ紛失について警察に紛失届を出すよう求めたところ、原告は非は被告にあるのだから被告から出すべきだと主張してなかなかこれに応じなかつたことが認められるが、紛失(ないし被害)届の点については、紛失当日に河上浩之が被告業務課長水野敏生に紛失当日に架電した折り、原告側からこれを出そうかと持ちかけたところ水野はそれは暫く待つてくれと応じたこと及び原告も結局は弁護士郷成文の助言に従つて被害届を出すに至つたという事情がある(河上証言及び原告本人尋問の結果)のであつて、原告の被害届提出に至るまでの経緯は格別心証を惹かない。
5 <証拠>によれば、本件バッグ紛失から一〇日余を経た同年五月二二日、原告は被告に対して本件バッグの返還を求める内容証明郵便を出したこと、その中で一部の品(バッグ、ゴルフ用手袋、ゴルフウエア、クラブ(アイアン)九本)については商品番号まで記載されていたことが認められる。しかしながら<証拠>によれば、右の通り商品番号が特定できるのはブリヂストンタイヤ愛知販売に勤務している河上が関連会社として斡旋したブリヂストンスポーツの製品及び原告が本件バッグ紛失の直前に購入したアイアンクラブのみであつてこれらの製品についてはブリヂストンスポーツのカタログ等によつて原告らが調査すれば容易に商品番号まで特定し得るものであること(そのための時間は、前記の通り一〇日余と十分あつた。)他方これらとは異なり、ウッドクラブやパターについては原告側でも商品番号を特定できず、単に道具の特徴のみを前記内容証明郵便(甲第一号証)に記載したものと認められる。従つて右内容証明郵便中において、一部の道具類について商品番号の記載があることも同様に異とするに足りない。
当裁判所は、原告が前記内容証明郵便を出すに当り、紛失したと称する本件バッグを脇においてその商品番号を確認しつつこれを右郵便に転記したとは考えない。本件バッグが当時原告の手許にあつたのであれば、原告はその全部について商品番号を記載できたであろうし、又は被告の疑いを避けるために全部について商品番号を落としたであろう。
6 以上の通り当裁判所は、原告が被告からの賠償金詐取を目的として当日被告ゴルフ場を舞台に本件バッグ紛失という壮大な虚構を演出したとは考えない。以下に述べる事実及び判断も右判示に沿うものである。
(一) 仮に原告がバッグ紛失を作出したとすれば、それは河上浩之との共謀が不可欠である。河上は当日原告の全日程について行動を共にしていたものであるからである。しかるに右共謀の存在をうかがわせるような証拠は全く存しない。
(二) 原告、河上らが被告ゴルフ場を訪れたのはこの時が初めてである(河上証言)。初めてのゴルフ場で状況不案内のまま被告主張の如き狂言を演じるのは余りに危険が大きい。
(三) 原告はバッグ紛失の後約一〇日を経て被告に内容証明郵便を出したが、その内容は当日の経過及び紛失品の明細を述べた上で本件バッグの返還を求めただけのもので、紛失品の価格や賠償金の請求に触れた所は全くない。
(四) 右の内容証明郵便に対して被告からは同年(昭和五七年)六月一〇日頃、「双方納得のいく解決策を見出したい。」という無内容な返信があつたが、その後原告は同年八月初め頃に至つて偶然のことから弁護士郷成文に本件の相談をするまで何の手も打つていない。
(五) 抑も本件バッグ紛失の如き狂言を演じてみたところで、原告には得る所が殆どない。仮にこれによつて被告から幾許かの賠償金を得たとしても、愛着ある従前の諸道具はもはや公然とは使えなくなるのであつて、かようなことをすれば原告は狭い地元実業界で忽ち信用を失うであろう。
7 証人水野敏生及び被告代表者は、従前被告ゴルフ場ではバッグの盗難は前例がないと供述するか、被告ゴルフ場は開業後その時までに僅かに七年であり(被告代表者尋問の結果)、また現金の盗難はいくらもあつた(水野証言)のであるから新たにバッグの紛失や盗難が発生しても格別不思議ではなかろう。被告代表者は、「被告ゴルフ場は、会員は一切公募せず、善良な厳選された会員を選ぶ。」と供述して高級ゴルフ場(仮にそういうものがあるとして)であることを売り物にしているかの如くであるが、現実の営業としては連日会員の四倍に及ぶ非会員(所謂「ビジター」)を出入りさせている(被告代表者尋問の結果)以上、高くとまつてはいられない筈である。
当裁判所には、本件バッグ紛失に関して被告の述べるところは邪推であるように思われる。
三そこで本件バッグ紛失に至る経緯と被告の責任について判断する。
1 <証拠>によれば以下の通りの事実が認められる。
(一) 被告ゴルフ場においては、客がクラブハウス玄関に到着した場合、特に客が車で来場した場合には、ポーターキャディが駆け寄つて直ちに客のバッグをクラブハウス奥のバッグ置場に運ぶ。但し客から別途の指示があれば格別であるが、そうでない場合には右の行為が無言のうちにさえなされる。
本件の原告及び同じ車でこれに同行した河上浩之、松原利弘の場合もそうであつた。
(二) 客はやがてフロントでサインをし、キーを受領してロッカーで着替えをし、やがて別途定められる順番に従つてコースに出る。この間バッグは前記バッグ置場に置かれているが、客がコースに出ると同時に同行するキャディがコースへ持参し、客のプレー中は当該の客と担当のキャディとバッグとが行動を共にすることになる。
(三) 客がプレーを終えると、客とキャディと道具類がクラブハウス近くのスタートテラスと呼ばれる場所へ戻つて来る。ここでキャディが客のクラブを確認した後、通常キャディは客の道具類を収めたバッグをそのままクラブハウス内のバッグ置場((一)で述べた置場とは別で、より正面玄関に近い。)に運んでおく。この際、自らバッグを置場まで運ぶ客や、キャディにバッグをロッカーで保管しておくよう求める客もあるが、大部分の場合には客から何の指示もないうちにキャディがさつとバッグを置場へ向けて運び去るのが例であり、キャディから特にバッグの扱いについて指示を求めることはなく、客との間でバッグを返還する云々のやりとりはない。本件の原告の場合もそうであつた。
(四) この第二のバッグ置場(以下すべてこれを指す。)はクラブハウス一階正面玄関付近にあつて、フロントからの視認範囲内ではあるが、キャディはそこへ客のバッグを置いた後はもはやこれに関与せず、フロントからこれに対する監視態勢は取つていない。客は退場する時にここから自由に自己のバッグを選んで持ち去ることになつている。従つて他人のバッグを持ち出そうとすれば容易にそうできる状態である。
なお被告ゴルフ場では客からバッグの保管を依頼された場合に備えて、クラブハウス内のキャディマスター室に保管ロッカーの設備がある。
(五) 客は(三)のようにして自分のバッグと別れた後、入浴、食事等をし(ロッカー室、浴室はクラブハウス内の一階にあり、食堂、談話室は同じく二階にある。)、その後に退場、帰宅することになる。
原告の場合、プレーを終えたのが午後五時頃、入浴後参加者間でパーティをやり、帰宅するためバッグ置場にバッグを取りに行つたのが午後六時過ぎ頃であつた。この後前記の通り、原告のバッグが置場に見当らないことから第一項3、第二項2、3で述べた経緯につながることになる。
2 原告は商法第五九四条第一項の責任を問うのであるから、まずゴルフ場が同項にいう「客ノ来集ヲ目的トスル場屋」に該当するかどうかということが問題となるが、当裁判所はこれを積極に解する。ゴルフ場営業は客にスポーツをさせることを主目的とする点において同項が例示する「旅店、飲食店、浴場」と多少異なつた側面を有しているようでもあるが、ゴルフ場営業もその本質的部分は、一定の設備を設けて広く一般の客の来集を待つことにあり、かつその客はある程度の時間その場所に滞在することを予定されているのであるが、その滞在自体が営業の対象となつている点において「旅店、飲食店」等と共通しているのであるから、この点から見てゴルフ場も「客ノ来集ヲ目的トスル場屋」に含まれると考えられるからである。もつとも広大なゴルフ場の全域がそのまま右の場屋に該当するといえるかどうかには若干の疑問が存するが、少なくともゴルフ場側がその営業の一環として浴室、食堂等(被告ゴルフ場の場合には、前記乙第一号証によれば、その他に談話室、会議室、「貴賓室」等)の設備を設け、客に有償で利用させている構造物としてのクラブハウス及びこれに近接する一帯は前記の意味での「場屋」と解するのが相当であろう。
3 次に問題となる点は、前記商法第五九四条第一項適用の前提として、原告の本件バッグにつき、原告から被告への寄託があつたかどうかという点である。寄託が成立するためには、原、被告間において被告が物(本件バッグ)を保管するという合意の下にこれを受け取るという行為がなければならない。本項1で述べた事実を下にこの点を検討してみよう。
(一) まず客が到着次第直ちにポーターキャディがそのバッグを持ち去る(1(一))という行為の意味を考えてみると、これは客がフロントで入場の手続をし、着替をしてコースに出て来るまでの間、客がコースに出るのと同時に直ちにこれと同行し得るよう待機する目的で客の黙示の同意ないし依頼によりそれまでバッグ置場においてこれを預るということになるであろう。ゴルフ場側は客のコースへの出場に対応できるようにその動きに注目しながらそのバッグの運搬開始等ができるようこれを管理しているのであるから、これは被告としては単にバッグ置場を提供していることのみにとどまるのではなく、バッグの占有自体が客からゴルフ場に移転したものであり(特に初めての来場客にとつてはこのバッグ置場の位置も詳らかではないであろう。)、寄託の関係が生じているものと解される。
(二) 客がコースでプレーを行なつている間、バッグはキャディによつて運搬されつつ客と行動を共にする(前記1(二))のであるが、ここでバッグの占有が客とゴルフ場従業員たるキャディのどちらにあるのかは微妙なところであり、両様に解し得る。しかし本件ではこの段階で原告のバッグが紛失したものではないし、前示の通りゴルフコースを「場屋」と見るべきかどうかも疑問であるので、これ以上立ち入らないこととする。但しゴルフ場側が客のプレー開始に当つてバッグを客に返還(して寄託関係が終了)したと見るべき程の評価に堪える行為はなかつたと考えられる。
(三) プレー終了後、クラブハウス近辺でキャディはゴルフクラブを確認した後、客からの格別の指示を待たずにバッグを置場に戻すためにそのまま運び去る(前記1(三))。その後客は入浴、食事等のためかなりの時間をバッグから離れて過ごすのであるから、客がここでキャディがバッグを運び去るのを放任するのは、黙示のうちに、バッグをバッグ置場に戻して客が退場できるようになるまでの間ゴルフ場側において一旦これを保管するよう求め、キャディも黙示のうちにこれを承諾して一旦バッグを預り、クラブハウス内に運び込むということになるであろう。従つて、ここで新たな寄託行為があるとするべきか、従前の寄託関係が続いているとすべきかはともかく、ここで客はその後暫くバッグの占有を離れることを予定してキャディにその保管を託するのであるから、この状態は寄託であると考えられる。
而して本件の場合、原告のバッグの存在がはつきり確認されているのはここまでであり、後述するバッグ置場での状況はともかくとして、そこまで原告のバッグが戻つたと認定するに足りる証拠はない(<証拠>には、担当キャディがバッグを置場に戻したとの記載があるが、これはキャディが水野にそう報告したという事実を証するものに過ぎない。)以上、原告のバッグは被告の受寄下、又は少なくともその寄託終了が証明される以前の段階で紛失したことになると言わざるを得ない。
而して被告が場屋営業者であることは前示認定の通りであるから、被告は原告のバッグを返還し得なかつた点において債務不履行たるを免れないことになる。
(四) なおプレー終了後のキャディと客との間の「クラブ点検」に一言すると、被告ゴルフ場でのその内容は、<証拠>により、プレー終了後にキャディが客のクラブが全部揃つていることを示して客の確認を取り、伝票にその旨を記載することであると認められる。しかしこの時に被告主張の如くキャディから客にバッグの占有が復帰すると解することはできない。何故なら、現実の問題として通常バッグはこの後も客の手に戻らず、そのままキャディによつて運び去られてしまうからである。従つて「クラブ点検」に「点検」以上の意味を持たせることはできず、寄託の終了はもう少し先に引き延ばされると見る他はない。
(五) 仮にキャディが客のバッグをクラブハウス内のバッグ置場にまで戻したとした場合、右置場が全く開放的なもので被告の占有管理するところでなく、従つてそこに置かれたバッグについても被告がこれを占有するものでないということは被告の力説するところであるが、その時は客も入浴、食事等のためにバッグから完全に離れており、殊に初めての来場者の場合にはバッグ置場の位置も明らかでないことがあろうから、客もまたこの段階ではバッグの占有は有していないものとせざるを得ない。従つてキャディが客のバッグをこのような置場に置いたままとして以後誰もこれを監視する者がないというのは、誰の占有でもない状態に放置したことになる。してみればゴルフ場側は寄託を受けた物品を客に返還するという債務を履行したことにはならずこの場合においてもやはり債務不履行責任を免れないことになるのである。従つていずれにせよ本件の場合において被告は原告に対して右不履行に起因する原告の損害を賠償しなければならない。
(六) 思うにゴルフ場業者がその営業をなすに当り、客の道具類の扱いをどうするかということは全くその任意であつてその営業方針の如何により、客の入場から退場までプレー中を含めて一切をキャディその他の従業員にやらせ、客にはただクラブを振らせるだけというものから、客に自らカートを引かせ、すべてを客に管理させるというものまで、さまざまなバリエーションがあり得るであろう。しかし前者の極ないしこれに近いものを営業として選択した場合には(それは当然料金に反映していることであろうが)それに付随する責任を負わねばならない。
もつともこの場合においても、ゴルフ場側としては従業員の増員や付保険によつて対応せざるを得ず、結局は客の負担増という形にはね返るであろう。
四進んで原告の損害について判断する。<証拠>により、被告が紛失した原告の諸道具の明細は別表の通りと認められるので、以下その具体的な損害額を算定する。但しいずれも原告が現に使用していたものであるから新品購入価格をもつてその損害とすることのできないのは当然である。ゴルフ用品について中古市場が存在せず、同程度の中古品(購入後日が浅く、所有者の認識としては「新品同様」の品があつたとしても、一旦個人の所有に帰して現実の用に供せられた以上、「中古品」との評価は免れない。)を入手することが困難であるとしても、新品購入価格をそのまま損害とすることは原告に中古品に代えて新品を与えることになり、「損害」の填補を上回る利得を与えることになるからである。またゴルフ愛好家としての用品に対する愛着ということについても専ら主観的なものとして考慮しない。この見地から原告の本件バッグ(従前の通り、内容品たる諸道具を含む。)について金銭評価を試みると、<証拠>によつて原告が購入に要した費用は左記中段の通りであると認められるが、当裁判所は同下段記載の限度でその損害と認める。<編注・右図参照>
1
キャディバッグ
五万円
三万円
2
ウッドクラブ三本
合計四八万円
同二二万五〇〇〇円
3
アイアン一式
四四万三七〇〇円
三〇万円
4
パター
推定価三万円
一万円
5
手袋及びスポーツウエア
合計一万七〇〇〇円
五〇〇〇円
6
ゴルフボール
六六〇〇円
五〇〇〇円
7
雨合羽及びその他雑品
不明
無価値
なおウッドクラブについては、<証拠>によれば、紛失品は原告が昭和五六年暮に訴外平田忠政から一本一六万円(合計四八万円)で購入した品であることが認められるものの平田の原告に対する右販売価格が商品の実態に相応した妥当なものであつたのかどうか明確な心証を得難いので、右の価格をそのままでは採用できず、一本七万五〇〇〇円(合計二二万五〇〇〇円)の限度で原告の損害を認めることとし、また衣料品については所有及び使用による減価が特に大きいと考えられることを考慮したものである。
五最後に被告は、原告にもバッグの扱いに過失があつたとして過失相殺の主張をするが、当裁判所はこれを採用しない。当裁判所の認定によれば原告の損害は前項の通り五七万五〇〇〇円であつて所謂高価品に該当するという程のものではなく、また本件では前記の通りどの段階で原告のバッグが紛失したか明らかではないのであつて、従つてこれを防止するための原告の方策についても特定して論じることができないと思われるからである。
更に、プレー終了後、被告ゴルフ場にあつてはキャディが客の格別の指示を待たずにそのままバッグを運び去つてしまうのが通常であることは前記判示の通りであるが、これが通常の取扱いである以上客たる原告としてもそのツ扱いにそのまま任せたことが通常払うべき注意義務を怠つたこと(過失とはそういうことである。)にはならないと解される。
六以上の事実及び判断によれば、原告の本訴請求は前記損害額合計五七万五〇〇〇円及びこれに対する履行期の後と考えられる被告の債務不履行の翌日(昭和五七年五月一二日)からその支払の済むまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを正当として認容し、その余は理由がないのでこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言については同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文の通り判決した次第である。
(西野喜一)
物件目録<省略>